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白馬乗鞍天狗原〜鵯(ひよどり)尾根

2019.02.12 Tuesday

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『梁塵秘抄』の「遊びをせんとや生まれけむ・・・」ではないが、遊戯三昧老人の雪遊びは止まらない。

 

毎年山岳会の山スキー研修というのが近場で行われるが、今年は少雪のため23日長野県北部まで出かけた。

 

参加者は老若男女9名で、うちスノーボーダーが2名。

 

研修と言っても皆経験者なので山行を共にして情報交換をするだけだが、この山域がはじめての人もいた。

 

今回は栂池スキー場から天狗原に登り、鵯(ひよどり)峰への尾根を西鵯コルへ滑り、栂の森へ戻る計画。

 

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 登山口には雪崩ビーコンのテスト機械がある

 ×の所へ自分の器機を近づけ、緑の〇になれば作動OK

 

栂池ロープウエイはまだ営業していないので、栂の森駅から林道を歩き成城大ヒユッテまで。

 

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心配していたこの間の雪崩多発地帯は問題なかった。

 

ここからはいつもの尾根コースをたどり、天狗原へ。

 

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天気がいい休日はいつも多くの人が登っているが、時期が早いためかほとんどいない。

 

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天狗原に着いて白馬乗鞍岳の南斜面を見ると、雪崩れた跡があった。

 

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帰ってからMさんがくれた情報によると、昨日(221125分頃)雪崩れて2名が巻き込まれ、1名は自力で脱出、もう1名が埋没して付近のスキーヤーが掘り出し一命はとりとめたが、大腿骨骨折とのこと。

 

去年の317日、まったく同じ個所が目の前で雪崩れ、1名が下部まで流された。その前に別の斜面が雪崩れたのも目撃しており、1名が末端でまで流され助かっている。

 

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 2018年3月17日の雪崩

 

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 2018年3月17日の別の斜面の雪崩 

  下部に助かった人が見える

 

降雪後の白馬乗鞍岳はこわい。

 

天狗原からボーダー2名は往路を下降することにし、あと7名は東のピークへ滑降。

 

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雪庇の出た尾根を通過し、西鵯(ひよどり)のコルへ下る予定だったが、この頃から気温が上がって急に雪が腐りだし、春雪のように重くなった。

 

このため途中から木が少ない南斜面へ滑降。

 

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成城大ヒュッテの上でボーダーと合流して往路を栂の森駅まで戻り、あとスキー場を下まで滑降。

 

今回からトランシーバを全員携行としたが、遅れた時やパーティの分散の時の連絡に役立った。

 

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今回は期待していたパウダーは得られず残念だったが、標高差1400mの滑降でその不満を解消した。

 

この日は予報通り午後から急速に天気が崩れてスキー場の途中で雪がちらつきはじめ、駐車場へ戻った頃には雨に変わった。

 

帰路にはおきまりの温泉と信州そば。

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白木峰 II

2019.02.05 Tuesday

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 さすが飛越国境は雪が多く、

  大長谷川沿いの家では雪下ろしをしておられた

 

今日(5日)の飛騨は春のようなポカポカ陽気で、庭の雪はほどんど消えてしまった。

 

雪を求めて「白い粉中毒老人」のスキー行脚は続く。

 

また1週間前(127日)の報告で恐縮です。

 

大日ヶ岳へ行こうと思ったが、ここも積雪がないということで急きょ富山県へ転進。

 

今年2回目の白木峰だが、この日は先回逃したパウダーが豊富な谷を滑ることに。

 

メンバーは、山岳会の老若男女7名(高年は隠居ほか1名、中年2名、壮年3名のうち女性1名)の混成パーティで、スノーボーダーが2名。

 

大長谷川最奥の集落杉平(すがたいら)大長谷温泉に到着すると、既に78台の車がきていた。

 

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今回は閉鎖中の国道を南へ歩き、杉ヶ谷を過ぎてから取り付く。

 

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今回も先行レースがあり、ありがたく使わせてもらうことに。

 

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頂上が目的でない我々は、4時間ほど登った標高1200mを過ぎたあたりで登高をやめ、林間を大滑降とすることにした。

 

望んでいた腰までの深い、おいしいパウダースノーを満喫できた。

 

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下山後温泉につかる予定だったが、1名が遅れたため時間を食い、帰ることに。

 

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エサを持ってきた人もいて、皆会えるのを楽しみにしていた温泉所属のガイド犬=はるちゃんは、この日は勤めを終えてもう家に帰ったとのことで、残念ながらいなかった。

 

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 昨年ガイドしてくれたはるちゃん

 

認知障害になりかけのこの老スキーヤー、まだ若い人に遊んでもらえるのでありがたいことだ。

 

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斑尾(まだらお)山

2019.01.29 Tuesday

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 斑尾山の山頂にある薬師如来像

 

高山市街、昨日までほとんど雪がなかったが昨晩まとまった降雪があり、今朝この冬はじめて除雪車の出動があった。

 

それでも15センチほどでたいしたことはない。

 

また1週間前の話で恐縮ながら、飛騨は相変わらず雪が降らないのでパウダースノーを楽しみたいというMさんの発案で、北信州の山へ行ってきた。

 

メンバーは中高年おじさん、じいさん7名で、うちじいさんが隠居のほか2名。

 

山は北信五岳の一つ斑尾山(1381.5m)。

 

斑尾山は、他の四つの戸隠山(1,904m)、飯綱山(1,917m)、黒姫山(2,053m)、妙高山(2,454m)と比べて際立って標高が低いが、中野市周辺から五岳を眺めた時、一番近い斑尾山が他の山とあたかも同じような高さで見えるため、選定されたといわれる。

 

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斑尾スキー場のリフトを乗り継いで、スキー場トップから30分ほど歩くともう頂上に着き、ここから滑降できるという楽なコース。

 

歩く距離があまりにも短くてなにか物足りない。

 

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以前雪のない時に登ったが、別名薬師岳といわれる頂上の石の祠には13体の薬師如来石像が祀られていた。

 

そばの説明書きには「昔如来像1体を里へ下したものの、その家に災難が続き、また戻しにいったがどうしても祠に入らなかった。別の日に見に行ったらいつの間にか収まっていた。」とあった。

 

伝承によるとこの像にいたずらをすると雨が降るらしい。

 

そういえば隠居が登った日も、祠に触ったためか雨が降った。

 

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 十二神将像と一体の薬師如来像説もある 

   歴史がある山はいいものだ

 

われわれはシールをつけたが、ゲレンデスキーを担いだ外人が徒歩で頂上へきては滑っていた。

 

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ここから北東側の林間を老骨を軋ませて滑ったが、結構な深さのパウダーがあり、楽しむことができた。

 

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下部をトラバースしてスキー場へ戻り、時間があるのでもう一度リフトで登り、頂上から別の斜面を滑降した。

 

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下の道路に出て、車を取りにいってもらう。

 

温泉「まだらおの湯」で温まって帰る。

 

温泉から少し下ると、もう上信越自動車道の豊田飯山I.Cで、松本I.Cまで直行できる。便利な世の中になったものだ。

 

ネットで斑尾山のことを見ていたら、文部省唱歌「ふるさと」に歌われている「うさぎ追いしかの山」は、この斑尾山をさし、「こぶな釣りしかの川」は斑尾川を指しているという説がある(異説あり)と、書いてあった。

 

北信州は飛騨と同じ山国ながら山裾がゆるやかで空が広く、一味違う風土だといつも思う。

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八方尾根・ガラガラ沢〜押出沢滑降

2019.01.22 Tuesday

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 ガラガラ沢へトラバース

 

このブログ、このところ山行が重なったため、報告の鮮度が落ちてしまいご容赦ください。

 

飛騨は相変わらずの少雪、寡雪で、一昨日の夕方などは一時雨になっていた。

 

14日に大日ヶ岳へ行こうとしたが、頂上からの叺(かます)谷がヤブで滑れないと聞いたため、信州へ転進して久しぶりに八方尾根へ。

 

今回も中高年(また隠居だけ高年)4人のパーティでむかう。

 

高山を朝早く出て、始発くらいのゴンドラとリフト2つを乗り継ぎ八方池山荘へ。

 

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八方の山スキーといえば、昔スキーで尾根を忠実に歩き、途中にデポして唐松岳まで登ったことがあったが、最近は八方山荘と丸山の間から東面の谷を滑り下りるという。

 

脱ゲレンデの山スキーヤー、ボーダーが結構きている。

 

リフト終点の八方池山荘からシールをつけて登高を開始し、第2ケルン手前から東斜面へ入る。

 

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ガラガラ沢上部へトラバースし、広い斜面を大滑降。

 

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途中から右の押出沢へ滑り込む。

 

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ちょうどブーツほどの深さの新雪にシュプールをつけて滑るが、部分的に急なところもあり結構楽しめた。

 

谷裾をトラバースして谷を対岸へ渡渉し、左岸の林道を滑って終了点の二俣へ。

 

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 林道終了点

 

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このコース、景色を楽しみながら少しの歩行で大滑降を楽しむことができるのでなかなかいいが、雪崩のリスクがあり、滑降前に慎重な判断が必要だろう。

 

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飛騨はこのあともほとんど降らず、われわれ山スキー渡世はあがったりだが、里の人は喜んでいる。

 

このところの里人の会話は「今年ゃ、雪や降らんでありがたいなー」「そやなー、ほんとありがたいこっちゃなー」「このまま降らんにゃいいなー」

 

うっかり「もっと降りぁいいなー」なんて言ったものなら、白い目でにらまれる。

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白木峰

2019.01.15 Tuesday

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 金剛堂山からの白木峰

 

飛騨は相変わらず雪が少なく、スキー場も一部しか滑れない。

 

今年は「山スキー渡世難儀の年」になりそうだ。

 

このため富山県まで行ってパウダースノーを滑ろうというMさんのお誘いで、飛越国境の白木峰へ行ってきた。

 

メンバーは山岳会の中高年(高年は隠居だけ)スキーキチ男性3名。

 

大沢野町の手前で八尾町へ通じる県道へ入り、途中で左折して久婦須川、野積川などの河川を横断し、大長谷川沿いを北上するが、豪雪地帯のこのあたりも雪が少ない。

 

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この道は、江戸時代飛騨の河合村から楢峠を越えて越中八尾へ通じる幹線街道であり、番所も置かれていた。

 

今は国道になっているが、道も細く通る車もまれな峠道で、冬期間は閉鎖になる。

 

最奥の集落杉平(すがたいら)に到着し、大長谷温泉の駐車場に停めさせてもらう。

 

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駐車場には既に富山ナンバーの車が2台停まっていて、山スキーヤー2パーティが出発するところだった。

 

われわれはトレースをありがたく使わせてもらうことに。

 

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トレースはいつも滑る谷とは違う方向だが、上部で目的の谷へ合流するはずだと思いつつ跡をたどる。

 

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途中で彼らは仁王山経由で白木峰頂上へ行くことが判明。

 

頂上が目的でない我々は、標高1200mを過ぎたあたりで登高をやめ滑降を開始。

 

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往路を滑って途中から南の谷へ入ったが、気温が高いため雪が腐ってきて、期待していたパウダースノーは得られずじまいだった。

 

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地元の人専用の湯治場みたいな小さな温泉で汗を流して帰る。

 

昨年上までガイドをしてくれた温泉所属のガイド犬=はるちゃん(春に生まれたという4歳のメスのシバ犬)は、温泉管理人の車の中で寝ていた。どうも休暇をとっていたらしい。

 

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 去年1月14日のはるちゃん

 

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隠居の山スキー、滑降技術が我流で下手なので、以前は「ブナ林の彷徨のほうが好み」などと韜晦してもっぱら春先の滑りやすいザラメ雪を滑っていたが、この年になってから深雪にシュプールをつけて遊ぶのが面白くなってきた。

 

ただ極上のパウダーにありつけるのは、いろんな条件がそろうことが必要で、シーズン中に12度あるかどうかだ。

 

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 昨年のパウダースノー滑降

 

この老骨、はたしていつまで滑れることやら。

 

いざ行かむ雪見にころぶ所まで 芭蕉

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霊峰位山へ初詣

2019.01.08 Tuesday

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今年も神の山へ初詣に行ってきた。

 

雪が少ないので下から歩くつもりで登山靴も持参したが、リフトが動いていたので山スキーを履くことに。

 

隠居は自然崇拝が本質の古神道に関心があり、飛騨一の宮=水無神社のかつてのご神体である位山を一人信者として崇め、年に何回か登拝している。

 

日本人が太古から神が住まわれるところとして崇めてきたのは、神奈備(かんなび=目立つ山)、神籬(ひもろぎ=古木)、磐座(いわくら=岩)、そして靈(ひ=太陽)などだ。

 

位山は神奈備であり、そこには「天の岩戸」という磐座がある。

 

この山には不思議なエネルギーが満ちていて、「崇教○光」をはじめいくつもの宗教の崇拝の対象になっていることはご存知のとおりだ。

 

時々そんな団体が、山中で宗教儀式をやっているのに出くわすことがある。

 

天孫降臨の伝説もあり、平安時代には都人が歌に詠み、現在ではUFOの基地があるという人もいて、とかく昔から話題の多い山だ。

 

この日はよく晴れていてリフト終点からは飛騨山脈が一望できた。

 

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 スキー場も雪が無く、メィンゲレンデは滑れない

 

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 剣岳も

 

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 乗鞍岳

 

独りで静寂に包まれた森を歩き、「天の岩戸」に到着。

 

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酒、塩、米などを捧げて、世界平和などを祈願。

 

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このあと頂上手前の広場へ行き、神々しい白山を遥拝する。

 

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 三方崩山

 

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 御前岳 栗ヶ岳

 

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次は頂上の三角点そばのピラミッド岩を掘り出し、パワーをもらう。

 

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その昔、東京からきたという女性に教わったこの岩は、近年パワースポットとして有名になっているようだ。

 

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次にはもう一つのピラミッド岩まで行き、ここでもパワーをもらう。

 

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ここは数年前に山中で出会った不思議な老人(隠居の事ではない)に教わった場所で、あまり知られていない。

 

その老人の話では、感じる人は岩に触れただけでピリピリするらしいが、鈍感な隠居はいつも何も感じない。

 

あと厳冬期も凍らないこれも不思議な水=ご神水まで下り、水を汲む。

 

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東斜面をスキーラッセルしながらまき、御嶽山と乗鞍岳を遥拝して天の岩戸に戻る。

 

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帰路は雪が少なく、笹や岩に苦労しながら滑降してスキー場へ戻ったが、結局この日は終日隠居の貸し切りだった。

 

今年も霊山からたくさんエネルギーもらったので、なんとか頑張れそうだ。

 

<以下去年も書いた余談>

もうブームは去ったようだが、飛騨の場所がいくつか出てくる人気アニメ映画『君の名は』の主人公の女子高校生は、巫女さんだという。

 

そして彼女が巫女をつとめる実家の神社の名は、宮水神社というらしい。ご神体は山頂にある巨岩だという。

 

ひょっとしたらこの神社は水無神社がモデルで、その巨岩は「天の岩戸」だろうか。

 

そんなことを知らないのはこの年寄りだけで、聖地巡りのフアンは皆知っていることかも知れないが・・。

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西穂高の稜線散歩

2019.01.01 Tuesday

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明けましておめでとうございます

 

旧年中は下手なブログを覗いていただき、まことにありがとうございました。

 

この隠居、寄る年波で山行回数もだんだん減ってきて、このブログも四方山話のほうが多くなってきました。

 

いつまで発信できるかわかりませんが、本年もよろしくお付き合いのほどお願い申し上げます。

 

さて毎年同じことを書くが、冬になると普段は書斎の片隅でおとなしくしている愛用のピッケルとアイゼンが、「吹雪の稜線が恋しいので連れて行ってくれ」とせがんでくる。

 

今はもう昔のように重荷を背負って深雪をラッセルし、テントで越年をすることがなくなったので、軟弱ながら、毎年ロープウェイを使って西穂高の稜線を歩いてくることにしている。

 

今年は久しぶりに西穂の小屋前でテント泊を予定していたが、前日雨だったので、12月24日(月)にFさん、Nさんと日帰りで歩いてきた。

 

この日は弱い冬型で山も時々顔をだしてくれ、ピッケルとアイゼンを喜ばすことができたし、烈風のなかで心身の浄化もできた気がする。

 

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 Nさんはピラミッド、Fさんと隠居はその手前までとする

 

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 笠ヶ岳 抜戸岳

 

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 霞沢岳

 

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 笠ヶ岳の雄姿
 

これもいつも書くが、この時期ロープウェイから眼下を見ていて思い出すのは、まだロープウェイのないころ新穂高からの深雪ラッセルにあえいでいた若き日の自分だ。

 

新穂高から鍋平へはいきなりの急登でたいへんだったし、このあと西穂山荘前のテント場まで途中で一泊が必要だった。

 

当時(約半世紀前)は、今よりずいぶん雪が多かった気がする。

 

偏屈隠居は、山スキーに出かける日以外は温かい部屋に閉じこもり、もっぱら読書と駄文書きをしているが、ふと窓の外のふりしきる雪を見ていると、また吹雪の稜線を歩きに行きたくなる。

 

この「山恋病」、膏肓に入って久しい。

 

雪嶺に駆けのぼりたき夜ぞ街へ (石橋辰之助)

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飛騨山脈を越えた古代の瓦職人

2018.12.26 Wednesday

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 12月25日の乗鞍岳

 

今回はマニアックな話で恐縮です。

 

飛鳥時代後半(白鳳期)に天武、持統両朝の政策で全国的に寺院が造られ、飛騨でもその時期にいくつもの寺院が建立された。7世紀末から8世紀はじめの話。

 

飛騨の寺院はなんと17ヶ寺もあり他国と比べて圧倒的に多かったが、その後皆廃寺になっている。

 

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 寿楽寺廃寺の古代瓦

 

大宝元年(701)に制定された大宝令に斐陀国条が定められていて、飛騨は庸調が免ぜられる代わりに里ごとに匠丁10名を出さねばならず、藤原宮などの造営にあたった。

 

飛騨から毎年100人程が、14日かけて 都へ上ったという。

 

後に「飛騨の匠」と称せられた人々が、帰ってきて身に付けた技術で飛騨の寺の建立に携わったのであろう。

 

そのうち飛騨市古川町太江にあった寿楽寺は飛騨地域で最古の寺院で、『日本書紀』にある「飛騨伽藍」

とされていて、以前から岐阜県の文化財保護センターが発掘調査をしている。

 

現在の禅寺寿楽寺の裏で県道新設時に発見され、研究者の間では全国的に有名らしい。

 

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 現在の寿楽寺 遺跡はこの裏

 

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このほど一般向けに調査結果の中間報告会があったので、参加した。

 

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 左下のものは法隆寺系統とか パルメット文様が同じ

 左上のものは信州安曇野明科廃寺と同じもの

 

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発掘した寺院の配置や出土した土器や瓦の説明があったが、隠居の興味をひいたのはこの廃寺の軒丸瓦。

 

これがなんと、信州安曇野の明科廃寺のものと同じ木型で作られていることが判ったそうだ。

 

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 左飛騨寿楽寺 右安曇野明科寺

 

木型の傷がまったく同じであることから、瓦職人(当時はハイテク技術者で、渡来人の場合は瓦博士と言った)が型を持って飛騨山脈を越えて来たか、あるいは越えていったはずだとの説明であった。

 

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 信州と飛騨のものの傷が同じ

 

峠に興味を持っている隠居としては、瓦職人がそんな時期にどこの峠を越えたのか気になるところだ。

 

安曇野から近いのは中尾峠か古安房峠だが、雪が少なくて通りやすいのは野麦峠か長峰峠ということになる。

 

中尾峠は、大和朝廷が東国平定のため命名したという神坂峠の別名があるし、古安房峠と長峰峠は東山道だったという伝承もある。

 

1300年も前に、どこの峠をどんないでたちで、どんな使命感を持って越えたかなどをあれこれ考えると夜も眠れなくなる。

 

なおこの近くには7世紀末に創建された杉崎廃寺跡があり、遺構がよく保存されている。

 

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 飛騨市古川町 杉崎廃寺跡

 

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 杉崎廃寺想像図

 

こちらは瓦でなく、檜皮葺きだった。

 

『日本書紀』に、朱鳥元年(686)大津皇子の謀反に関わった新羅の僧行心(こうじん)が飛騨の伽藍の流されたという記述があり、これは前述の寿楽寺だともいわれている。

 

山もいいが、古代史もなかなか面白い。

 

あれこれ想像することが、隠居のボケの進行を少しは遅くしてくれそうだ。

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乗鞍で初滑り

2018.12.19 Wednesday

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すでに東北地方は大雪だというが、飛騨のほうの里は129日に少し積もったもののすぐ消えてしまい、その後降っていない。

 

里はありがたいが、スキー場では「雪乞い」をしていることだろう。

 

昨年は1126日に乗鞍スカイラインで初滑り、1210日には早くも第三尾根を滑り、23日には大日ヶ岳頂上からパウダーを楽しんだが、今年は山もまだ少ない。

 

このため待ちきれず、15日にFさんとスカイラインを歩き、夫婦松からの初滑りに。

 

駐車場所でマイナス6度と寒い日だったが、朝すでに県外からの車が4台停めてあった。

 

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 第三尾根はご覧の通り

 

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平湯峠で15センチくらい、夫婦松で30センチくらいあり、帰路パウダーの滑降を楽しむことができた。

 

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 輝山もまだこんな様子

 

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いつも書くが、山スキーの面白さを問われれば、「無雪期に道がない山を自在に彷徨でき、ブナ林で木々と対話し、パウダースノーを滑って浮揚感を楽しみ、そして昔岩登りで味わったクライマーズ・ハイほどではないが、目がくらむような斜面の滑降が面白くてたまらないから」などと答えている。

 

はたしてこの老骨はいつまで滑れるだろうか。

 

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加藤文太郎と飛騨の関わり

2018.12.12 Wednesday

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 12月10日の飛騨山脈

 

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飛騨山脈もしっかり雪をまとい、いよいよ冬山、山スキーシーズンの到来だ。

 

隠居の年代の登山者なら、冬山に殉じた不世出の単独行者=加藤 文太郎(明治38年〜昭和1115日)を知らない人はいないだろう。

 

新田次郎の山岳小説『孤高の人』を読んだ人も多いと思う。

 

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昭和初期に単独行で積雪期の峰々に登頂をし、なかでも槍ヶ岳冬季単独登頂や、厳冬期富山県から長野県への飛騨山脈単独縦断によって一躍有名になった。

 

昭和11年(19361月、数年来のパートナーであった吉田富久と共に槍ヶ岳北鎌尾根に挑むが、猛吹雪に遭い天上沢で行方不明となった。

 

このとき飛騨の槍見温泉に泊まり、右俣から槍ヶ岳へ入山していたため、地元の飛騨山岳会へも捜索の協力依頼がきて出動したようだが、結果発見できず捜索はうち切られた。

 

このほど山岳会の古い書類のなかからその時の礼状が見つかった。

 

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そして3月には、職場や地域山岳会による遺体捜索組織ができ、5月中旬に現地へ入る旨の連絡と、情報提供の依頼がきている。

 

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捜索隊が入る前の427日、天上沢にて遺体が発見され、遺骨が神戸へ帰った旨の報告、礼状が届いている。

 

発見したのは松本高校の木村、中島氏であった。

 

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加藤は享年30。当時の新聞は彼の死を「国宝的山の猛者、槍ヶ岳で遭難」と報じた。

 

今改めて『単独行』を読んでみると、超人的な登山歴に驚いてしまう。

 

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登山をはじめて間もない頃の夏山の記録を見ると、その健脚ぶりにまず驚愕。

 

大正15年、燕岳から槍穂を縦走して上高地へ下り、焼岳から安房峠へ出ていったん平湯へ下山。大滝コースから乗鞍に登頂し、南面の阿多野コースを下って日和田に向かう。日和田から御嶽継子岳に登り、縦走して王滝村へ下り上松へ。上松から木曽駒ケ岳へ登って空木岳、南駒ヶ岳へと縦走し、難路の黒覆尾根を国鉄飯田線の飯島駅まで下っている。

 

圧巻は、先に書いた昭和6年の1月に行われた10日間の厳冬期飛騨山脈縦断だ。

 

国鉄高山線の猪谷駅から歩いて大多和峠を越え有峰へ入り、真川―薬師岳―北ノ俣岳―黒部五郎―三俣蓮華―鷲羽―烏帽子―大町へと抜けている。

 

以下『山と溪谷』200411月号から

 

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昭和72月に行われた槍ヶ岳から笠ヶ岳の往復の記録にも驚く。

 

2日かかったが、夜間も少し休んだだけで歩き通している。粗末な装備でよくもまあ・・・。

 

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それにくらべ軟弱な山行しかやってこなかった隠居は、今になってもう少し厳しい山をやるべきだったと悔いているが、もう遅い。

 

文太郎のの心を捉えて離さなかった飛騨山脈は、今年も白く装い、静かに横たわっていた。

 

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 12月10日の乗鞍岳と飛騨山脈

 

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