Calendar

Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 
<< May 2019 >>

Recommend

MOBILE

qrcode

Link

Profile

Others

Search this site.

Blog

乗鞍水系・黍生谷

2018.08.22 Wednesday

s-きび0.jpg

 昨年越えた、標高1400mにある滝

 

今年の「年寄りの冷や水山行」3回目は、乗鞍岳南面の黍生(きびう)谷へ。

 

「母なる山」乗鞍岳からは飛騨側だけで12本の谷が落ちていて、恵みの水は日本海と太平洋へ注いでいる。

 

身近にあるこの山のことをもっと知りたいと、今までに五色ヶ原のガイドツアーで規制がある北西面の3つの谷を除いて、10本(2股を含め)の谷を遡った。

 

どの谷にも手つかずの自然が残っていてすばらしい滝がいくもあり、登山本来の未知へのあこがれを満足させてくれ、乗鞍岳の大きさ深さを再認識することができた。

 

乗鞍の谷に精通しておられる地元旧朝日村在住の山スキー仲間Fさんのおかげである。

 

最後に残ったのがこの黍生谷で、昨年8月にFさん、Sさんとで下部から入って見たが、途中で時間切れに。

 

今年再挑戦ということで819日、Fさん、Nさんと入った。

 

昨年同様車1台を下山予定の阿多野集落林道末端に置きに行き、黍生集落から林道を1時間半ほど歩く。

 

s-阿多野集落.jpg

 下山予定地だった阿多野集落 東谷が崩落していた

   高峰は乗鞍・屏風岳と大日岳 

 

s-きび1.jpg

 過疎というより今や限界集落

 

s-きび2.jpg

 

s-きび3.jpg

 

s-きび4.jpg

 

s-きび5.jpg

 背後に御嶽山

 

s-きび6.jpg

 

s-きび7.jpg

 

入渓地点は昨年上がってきた場所からなので、林道から斜面を下る。

 

s-きび8.jpg

 昨年の目印

 

s-きび9.jpg

 

s-きび10.jpg

 

s-きび11.jpg

 

s-きび12.jpg

 

s-きび13.jpg

 

s-きび14.jpg

 

s-きび18−1k.jpg

 

s-きび15.jpg

 

s-きび16.jpg

 

s-きび17.jpg

 

s-きび18.jpg

 

s-きび19.jpg

 

s-きび20.jpg

 

s-きび21.jpg

 

s-きび21−1.jpg

 

s-きび22.jpg

 

今回も残念ながら途中で時間切れとなり、平凡な(大きい滝がない)谷を歩いただけで、美しいナメ滝が連続するという上部へ到達できずに引き返した。

 

この足弱老人が、俊足の若い2人の足を引っ張ったこともある。

 

次回はなんとか稜線(中洞権現)まで到達したいものだ。

 

s-きび23.jpg

 

s-きび24.jpg

 

s-きび25.jpg

 

s-きび26.jpg

 

s-きび27.jpg

 林道へ上がる

 

s-きび28.jpg

 もうススキの穂が

 

s-きび29.jpg

  

このところ急に涼しくなり、はや谷の水も冷たかったので、今年の「年寄りの冷や水山行」はこれで終わりかも知れない。

 

沢登りのシーズンはほんとうに短い。

comments(0) | trackbacks(0) | - | -

乗鞍水系九蔵川・小俣谷

2018.08.10 Friday

s-小俣谷.jpg

 

あまり暑いので、飛騨の谷の涼風をお届けします。(北の山の報告は中断)

 

隠居の今シーズンの「年寄りの冷や水山行」は北海道のカムイ岳が幕開けだったが、2回目は85日に乗鞍水系九蔵川へ。

 

このところ毎年岐阜の山岳会の方々をお連れして飛騨の谷を歩いているが、今年は大垣の山岳会の知友Nさんはじめ4名も参加され、10名となった。

 

乗鞍の谷に精通しておられる地元のFさんにも同行いただいて、総勢12名で大人の水遊びを楽しんできた。

 

九蔵川沿いの森林管理署林道ゲート600mくらい手前に駐車し、林道を2匱緤發と小俣谷の分岐に出る。

 

s-小1.jpg

 

s-小2.jpg

 

s-小3.jpg

 小俣谷沿いの林道を少し歩いて入渓

 

s-小4.jpg

 

s-小5.jpg

 

s-小6.jpg

 

s-小7.jpg

 

s-小8.jpg

 

s-小9.jpg

 

s-小10.jpg

 

s-小11.jpg

 

s-小12時.jpg

 

s-小13.jpg

 

s-小14.jpg

 

s-小15.jpg

 

s-小16.jpg

 

s-小17.jpg

 

s-小18.jpg

 

s-小19.jpg

 

s-小20.jpg

 

s-小21.jpg

 

s-小22.jpg

 

s-小23.jpg

 この大滝は右を高まき

 

s-小24.jpg

 

s-小25.jpg

 

s-小26.jpg

 

s-小27.jpg

 

s-小28.jpg

 この大滝までとし、谷を少し下ってから左岸の林道へあがる

 

s-小29.jpg

  

今回の年齢構成は40歳代から506070歳代、そして82歳のS大先輩も参加された。

 

Sさんは、岐阜市の老舗山岳会〇〇登高会のメンバーでもあり、お若い時には穂高の屏風岩や前穂4峰の冬季初登攀をしておられる名クライマー。

 

今なお体力抜群で、先日体力チェックに上高地から奥穂高を日帰り往復されたとのこと。

 

隠居が励みにさせてもらっている方だ。

 

今回も途中のクライミングなどは難なくこなしておられた。

 

今年は長期間雨が降らず水量は少なかったが、それでも霊峰乗鞍からの清冽な水は絶えることなく、我々を楽しませてくれた。

 

夏はなんといっても沢登りに限る。

comments(0) | trackbacks(0) | - | -

『外道クライマー』 2 ゴルジュの登攀

2017.10.18 Wednesday

s-PA170001.jpg

 称名廊下 『外道クライマー』から

 

相変わらず雨と野暮用が多く、なかなか山へ行けない。

 

宮城氏は日本の山について、「世界に類がない多様な自然を擁しており、そこから生まれた自然観が自然崇拝やアニミズムといった独自の文化を生み出し、信仰登山につながった」などと述べており、失礼ながらご神体に登った外道らしからぬ良識の持ち合わせに驚いた。

 

そしてその中で生まれたのが日本発祥の沢登りで、合理的でスポーツ的要素の強い西洋アルピニズムとはちがう独自の趣があると近代登山史を踏まえて論じ、さらに沢登りの楽しさを列記している。

 

これらは日頃隠居が考えていることとまったく同じであり、引き付けられてしまった。

 

氏は冒険、探検にも一家言をもっており、「人類にとって初めて行われる挑戦的行為」がほんとうの冒険であり、現在はニセ冒険があまりにも多いと言い切る。

 

そして昔隠居の世代を風靡した本多勝一のパイオニアワーク論まで熟知していて、「エベレストが初登頂されたことで地理的なパイオニアワークは終焉した」と言った本多に対し、エベレストに初登頂できなくての嫉妬だったのではなかろうか、などと言っているあたりがなかなかおもしろい。

 

前置きが長くなったが、我々平均的な沢ヤと違うのはこの先だ。

 

隠居たちは*ゴルジュの中に滝があるとあきらめて高巻きをするが、彼らはアルピニズム的な発想を取り入れ、高度な登攀技術でここの突破をするという新しい冒険スタイルを生み出していることだ。

 

*ゴルジュ=谷の両岸が切り立って水路状になっている地形。フランス語で咽(のど)の意味。廊下ともいう増水時は逃げ場がない。

 

s-IMG_6223.jpg

 乗鞍岳久蔵谷のゴルジュ

 

s-P9130068.jpg

 乗鞍岳徳河谷のゴルジュ

 

s-P9130118.jpg

 乗鞍岳徳河谷のゴルジュ

 

これをアルピニズムと沢登りの融合、渓谷登攀・ゴルジュ突破などと言って、称名廊下、台湾チャーカンシーなど、超困難なゴルジュ遡行を実践しているが、この登攀記録がすごく、手に汗を握ってしまった。

 

s-PA050002.jpg

 台湾・チャーカンシー 『外道クライマー』から

 

s-PA170002.jpg

 台湾・チャーカンシー 『外道クライマー』から

 

s-PA170003.jpg

 台湾・チャーカンシー 『外道クライマー』から

 

日本最後の地理的空白部と言われていた称名廊下は、称名滝のすぐ上からはじまり、両岸は200mの岩壁、谷の平均幅は数メートルで、2km続く大ゴルジュだ。

 

ここは彼の少し前に大西良治氏が単独で初遡行に成功しているが、そのあと宮城氏も成功。

 

s-RIMG0089[1].jpg

 称名廊下のゴルジュ 『外道クライマー』から

 

元クライマーのはしくれだった隠居は、どれだけこのゴルジュの写真を見ても登れそうになく、いったい彼らはどうやって登ったのだろうかと不思議でならない。

 

宮城氏は、称名滝、ハンノキ滝に冬季初登攀し、タイのジャングルにある未踏の谷を46日間遡行している。

 

s-PA050005.jpg

 称名滝の冬期登攀  『外道クライマー』から

 

s-PA050004.jpg

 称名滝の冬期登攀  『外道クライマー』から

 

前出の角幡氏は、今まで一番が冬期登攀、二番が普通の岩登り、三番が沢登り、誰でもできるのがハイキングという登山界のヒエラルキーが存在したが、宮城氏はあえて沢登りを前面に押し出すことでこのヒエラルキーを壊しにかかっているという。

 

確かに隠居は、一番から二番を経へて三番へ移行したが、現代は未踏の壁がなくなってしまい、今あえてゴルジュに挑まなければならない彼らが気の毒だともいえる。

 

最近隠居の周辺の若い人を見ていると、ゲレンデで十分な訓練を受けて技術や知識を得ているのに本番へ踏み込まないナマぬるい人が多い。

 

もうアルピニズムは死語かと思っていたら、こういう若い人がまだ初登攀にこだわり、実践していることに驚き、嬉しく思った。

 

彼が「セクシー登山部」で公開している写真、発言に対しては卑俗だと見る人もいて意見の別れるところだが、角幡氏は彼のことをスーパーアルパインクライマーと呼んで称賛している。

 

それにしても本書の「外道・・」というネーミングが面白い。

 

「外道」というと一般的には仏教以外の教えをいうが、広辞苑をひくと「災難をもたらすもの、悪魔、他人をののしっていう語」などの意味もあり、反骨精神旺盛な宮城氏らしい。

 

久しぶりに、この老体の血を沸かせ、肉を躍らせる岳書に出会った。

comments(0) | trackbacks(0) | - | -

『外道クライマー』 1 那智の滝を登攀した男たち

2017.10.13 Friday

s-IMG_1807.jpg

 

このところ秋雨前線が停滞して紅葉狩りに出かけられないので、やむやく雨読を。

 

最近の図書館の山岳図書コーナーは、またしても百名山関係のものが増えているくらいで、読んでみたいような新刊がないが、久しぶりにのぞいたらこの本が目に留まった。

 

昨年出た本なのですでに読まれた方も多いと思うが、2012年の7月、那智の滝を登って逮捕されたクライマーのうちのひとりである宮城公博氏(34歳)が書いた本だ。

 

世間を騒がした「那智の滝登攀事件」の一部始終が書いてあるが、その後彼ら3名は勤め先をクビになったり、相当な社会的制裁を受けたという。

 

s-yjimage[4].jpg

 那智の滝 133m

 

登攀そのものは、滝最上部のオーバーハングを抜けることができなく、ちょうどこの時見つかって大騒ぎになり、下降している。

 

あの時の隠居は、日本古来の自然崇拝の対象、ご神体を穢すとはなにごとか、クライマーの風上におけぬ奴らだと怒り心頭であったし、今もそれは変わらない。

 

宮城氏は「目立ってやろうとか、名を売ってやろうなんていう考えは毛頭もなかった」「ただ未登の滝を登りたかっただけ」などと言っているが、この行為はカイラスやマチャプチャレといった登山禁止となっている霊山に、登りたかったという身勝手な理由だけで登ったと一緒のことで、信仰に対する冒涜であったと思う。

 

s-PB180015.jpg

 カイラス山

 

一方巻末にある角幡唯介氏の解説を読むと、一般論としてある程度理解できるものであったので、紹介してみたい。

 

ご存知のとおり角幡唯介氏は、チベットのヤル・ツアンポー渓谷探検などの経歴があるノンフィクション作家。

 

氏は彼らが那智の滝を登ることで「冒険的行為と社会との関係の在り方に一石を投じた」「登山行為が本来抱えている原罪を露骨にあぶり出した」などと言っている。

 

そして我々の登山行為そのものを「どんな行儀の良さを装ったところで、登山をはじめとする冒険行為一般は、反社会的であることから免れることはできない」「現在の我々は、登山をスポーツ的行為に変質させて社会的適合者を装っているだけ」「登山の本質は管理社会のモラルとはどうしても齟齬をきたす」と断じているが、これには隠居も異論はない。

 

さらに那智の滝登攀の特徴は、「もちろん法的には犯罪者だが、こうした冒険者、登攀者の根源的欲求をむき出しにし、われわれが普段つけている社会的適合者の仮面など暴露したうえで、我々の行為は社会的のルールにそぐわないのですという本音を露骨に提示して登ってしまったところにある」と言い、

 

「登山的な倫理からいうと、登りたいから登る。誰も登っていないから登る。そこに自由がある」「この道徳律は登山的観点からすると完璧であり、宮城はこうした反社会的性を内在させたむき出しの登山的道徳律を社会に対してぶつけてみたかった」との論を展開。

 

そして最後に「この登攀は、社会的に断罪され、クライミングとしても失敗したが、表現としては成功した」「われわれはこの一件で、自分たちが志向している登山という行為が、犯罪とされた彼らの登攀と実はなにも変わらない地平にあることに気づかされた」などと結んでいる。

 

これには、以前から登山、特に登攀というものは本来自由であるべきだと考えていた隠居も同感し、一般論としては頷いたが、かといってご神体を穢すことは許されない。

 

なにやら難しい話になってしまったが、この本はそのほか称名滝の冬期初登攀、称名廊下の遡行、台湾の大渓谷遡行などのすばらしい記録が掲載されており、久々に一気に読ませたノンフィクションだった。

 

s-Shomyo-daki_1[1].jpg

 称名滝

 

s-RIMG0089[1].jpg

 称名廊下 宮城公博氏撮影

  

本人は沢登り専門の「沢ヤ」を自任しているが、実は一流のクライマーである。

 

いまどきこんなアグレッシブな若いクライマーがいることに驚いた。

 

彼らがやっている沢登りは、隠居たちがやっている従来の沢登りとまったく違うものであり、次回それを紹介してみたい。 

comments(0) | trackbacks(0) | - | -

乗鞍岳の名瀑総覧

2017.09.21 Thursday

s-PB170006.jpg

 

沢登りは山スキーよりシーズンが短いが、特に今年は7月に北の山へ行っていたので、4回にとどまった。

 

今頃はもう沢の水は冷たいし、かといって紅葉狩りには早いので、登山には中途半端な季節だ。

 

さて飛騨人が朝な夕なに仰ぎ、いくつもの学校の校歌でうたわれるほど親しまれている「母なる山」乗鞍岳。 

 

この山を間近に望む小八賀川流域の人々は、太古から山に昇る太陽=靈(ひ)を「日抱尊」として畏敬し、弥生時代になると農耕の水をもたらしてくれる山としても崇めてきた。

 

現在でもこの山からの水が麓の田畑を潤し、電気を起こし、人々に飲料水などを与えてから日本海と太平洋へ注いでいる。

 

まさに太古から現在に至るまで休むことなく恵みの水をもたらしてくれている「母なる山」といえよう。

 

最近発刊された『山岳』(Martin F.Price著・渡辺悌二 上野健一訳 丸善出版)には、我々が山に関して知っておくべきことを国際的視野でコンパクトにまとめてあるが、すべての淡水の源は山であり、「山は世界の給水塔」、そしてどの国も山麓の人々は山を崇めてきたと書いてある。

 

わが偉大なる給水塔乗鞍岳からは、飛騨側だけで12本の谷が落ちている。

 

s-乗鞍の谷図.jpg

 

母なる山のことをもっと知るには、山スキーで歩くだけでなくこれらの谷にも入らなければと思い、五色ヶ原のガイドツアーで規制がある北西面の3つの谷を除いて、6年前から今年までに11本(2股を含め)の谷を遡った。

 

どの谷も手つかずの自然が残っていてすばらしい滝がいくつもあり、登山本来の未知へのあこがれを満足させてくれ、乗鞍岳の大きさ、深さを再認識することができた。

 

寒くならないうちに、この11本の各谷の名瀑や情景をご覧いただきたい。

 

益田川最上流の野麦集落に落ちる岳谷から順に掲載してみたが、いちばん印象に残った谷は、途中で1泊した徳河谷だった。

 

s-岳谷1.jpg

岳谷1

 

s-岳谷2.jpg

 岳谷2

 

s-濁川2.jpg

濁川1

 

s-濁川1.jpg

 濁川2

 

s-東谷1.jpg

 東谷1

 

s-東谷2.jpg

 東谷2

 

s-真谷2.jpg

 真谷1

 

s-真谷1.jpg

 真谷2

 

s-20110724_270.jpg

 真谷3

 

s-20110724_268.jpg

 真谷4

 

s-20110724_260.jpg

 真谷5

 

s-黍生.jpg

 黍生谷

 

s-徳30.jpg

 徳河谷1

 

s-徳32.jpg

 徳河谷2

 

s-徳67.jpg

 徳河谷3

 

s-徳73.jpg

 徳河谷4

 

s-徳54.jpg

 徳河谷5

 

s-徳57.jpg

 徳河谷6

 

s-徳50.jpg

 徳河谷7

 

s-徳81.jpg

 徳河谷8

 

s-九蔵1.jpg

 九蔵谷1

 

s-IMG_6176.jpg

 久蔵谷2

 

s-九蔵2.jpg

 九蔵谷3

 

s-九蔵3.jpg

 九蔵谷4

 

s-小俣1.jpg

 小俣谷1

 

s-小俣2.jpg

 小俣谷2

 

s-長倉右1.jpg

 長倉本谷右俣1

 

s-長倉右2.jpg

 長倉本谷右俣2

 

s-長倉23.jpg

 長倉本谷右俣3

 

s-長倉左1.jpg

 長倉本谷左俣1

 

s-長倉左2.jpg

 長倉本谷左俣2

 

s-長18.jpg

 長倉本谷左俣3

 

s-久手1.jpg

 久手御越谷1

 

s-久手2.jpg

 久手御越谷2

 

隠居はかねてから、登っているのはすべて「谷」なのに、この登山方式を「沢登り」といっているがどういうことだろうか? 大きくて深い渓流が谷で、小さくて浅いのが沢といわれている気もするが・・・という疑問をもっていた。

 

この疑問に答えてくれたのが、ちょうど今年の8月に発刊された日本山岳会の『山岳』に掲載された五十嶋一晃氏の研究論文。

 

「河川の支流を著す沢・谷地名考」と題して、谷と沢の呼び方の違いを各地の呼び方を詳しく調べ、21ページに亘って書いておられる。

 

まだ詳しくは読んでいないが、おおむねの結論は、谷と沢は同じもので、東日本は沢、西日本は谷と呼ぶ、また縄文文化人は沢、弥生文化人は谷と呼び名を付けた、というもののようだ。

 

そういえば乗鞍岳、焼岳周辺の地図を見てみると、飛騨は「谷」が多く、信州側は「沢」が多い。

 

飛騨には縄文人が多くいたはずだが、弥生人に席巻されてしまい、「谷」となったのだろうか。

comments(0) | trackbacks(0) | - | -

乗鞍岳・黍生(きびう)谷

2017.08.31 Thursday

s-乗鞍夏雲.jpg

 乗鞍岳の名残の夏雲

 

前ページの「幌尻岳」、額平川での遭難があったため、連日驚くほど多くの方にご覧いただきました。

 

3人が流された四ノ沢出会いは、上から来ると最後の渡渉地点で、ここを渡れば堰堤まで右岸の登山道だったのに、まことにお気の毒なことでした。ヘリでの収容シーンをテレビで見ましたが、かなりの水量でした。

 

数年前の穂高滝谷でも、増水時に渡ろうとして流されています。下山日が決まっているとどうしても焦って無理をしまうのはわかります。隠居も昔危ない目にあったことがありますが、とにかく水が引くのを待つことですね。

 

こんなことがあって気がひけますが、「北の山」連載を中断してまた沢登りの報告を。

 

s-黍生谷の大滝.jpg

 

乗鞍岳からは飛騨側だけで12本の谷が落ちており、この水が麓の田畑を潤し、人々に飲料水などを与えてから日本海と太平洋へ注いでいる。

 

まさに恵みの水をもたらしてくれる「母なる山」といえよう。

 

この山のことをもっと知るには、これらの谷のことも知らなければ片手落ちだと思い、五色ヶ原のガイドツアーで規制がある北西面の3つの谷を除いて、今までに10本(2股を含め)の谷を遡った。

 

どの谷も手つかずの自然が残っていてすばらしい滝がいくもあり、登山本来の未知へのあこがれを満足させてくれ、乗鞍岳の大きさ、深さを再認識することができた。

 

乗鞍の谷に精通しておられる地元旧朝日村のFさんのおかげである。

 

最後に残ったのがこの黍生谷で、ここへはFさんも入ったことがなかった。

 

8月末の平日、山スキー仲間のSさんを加えた3人で入って見た。

 

遡行後の下山路を、千町尾根中洞権現からの阿多野道とし、車一台を阿多野集落の林道末端に置いておくことにした。

 

2台で向かったがこれに時間がかかり、入渓が大幅に遅れ、残念ながら途中で時間切れとなってしまった。

 

このため稜線まで行けず、次回の偵察で終わってしまったが、それでも自然豊かな美しい谷を歩け、大滝に出会うことができて満足した。

 

s-きび4.jpg

 

s-きび5.jpg

 

s-きび6.jpg

 

s-きび7.jpg

 

s-きび8.jpg

 

s-きび9.jpg

 

s-きび10.jpg

 

s-きび11.jpg

 

s-きび12.jpg

 

s-きび13.jpg

 

s-きび14.jpg

 

s-きび15.jpg

 

s-きび16.jpg

 

s-きび17.jpg

 

s-きび18.jpg

 

s-きび19.jpg

 

s-きび20.jpg

 

s-きび20−1.jpg

 

s-きび21.jpg

 

s-きび22.jpg

 

s-きび23.jpg

 

s-きび24.jpg

 先行していた松本からの釣り人、この先は険しく

 ここまでとのことで、幸い摩擦はなかった

 

s-きび25.jpg

 釣果

 

s-きび26.jpg

 

s-きび27.jpg

 

s-きび28.jpg

 

s-きび29.jpg

 

s-きび30.jpg

 

s-きび31.jpg

 

s-きび31−1.jpg

 

s-きび32.jpg

 

s-きび33.jpg

 

s-きび34.jpg

 

s-きび36.jpg

 

この谷の麓にある黍生集落は、野麦や阿多野集落同様今や限界集落になっていて、もう秋風が吹き渡っていた。

 

s-きび37.jpg

 

s-きび1.jpg

 

s-きび2.jpg

 

s-きび3.jpg

 

水も冷たくなってきたので、今年の「年寄りの冷や山行」はこれで終わりかも知れない。

comments(1) | trackbacks(0) | - | -

御嶽山・眞俣谷

2017.08.15 Tuesday

s-しん25−1.jpg

 胡桃大滝

 

また谷へ涼みにいってきましたので、「北の山」を中断してご報告を。

 

今年の「年寄りの冷や水山行」2回目は、812Fさんのお誘いで眞俣谷へ。

 

メンバーは老人2人と中年2人のいつもの山スキー仲間。

 

この谷は御嶽水系で、継子岳から秋神川へ注ぐ谷。

 

2年前に遡行した与十郎谷の東隣にあり、途中に約50mの胡桃大滝がある。

 

4人ともはじめての谷であった。

 

与十郎谷ほど小滝の連続はないが、見事な大滝やゴルジュがあり、終始緑のコケに覆われた美しい谷であった。

 

s-しん1.jpg

 

s-しん2.jpg

 

s-しん3.jpg

 

s-しん4.jpg

 

s-しん5.jpg

 

s-しん6.jpg

 

s-しん7.jpg

 

s-しん8.jpg

 

s-しん9.jpg

 

s-しん10.jpg

 

s-しん11.jpg

 

s-しん12.jpg

 側壁からの大滝

 

s-しん13.jpg

 

s-しん14.jpg

 

s-しん15.jpg

 

s-しん16.jpg

 右側を高巻く

 

s-しん17.jpg

 

s-しん18.jpg

 

s-しん19.jpg

 白糸の滝と命名

 

s-しん20.jpg

 

s-しん21.jpg

 

s-しん22.jpg

 

s-しん23.jpg

 

s-しん24.jpg

 

s-しん25.jpg

 胡桃大滝

 

s-しん26.jpg

 

s-しん26−1.jpg

 

s-しん26−2.jpg

 

s-しん27.jpg

 

s-しん28.jpg

 

s-しん29.jpg

 

s-しん30.jpg

 

s-しん31.jpg

 

s-しん32.jpg

 

s-しん33.jpg

 

s-しん34.jpg

 

s-しん35.jpg

 

はじめての谷を遡行するのは特に楽しい。

 

次はどんな景色が現れるのだろうかという不安と期待感、滝などの難所が現れるとその攻略法を皆で相談するときの緊張感、これを突破するときのハラハラドキドキ感、これこそ登山の原点であろう。

comments(0) | trackbacks(0) | - | -

乗鞍岳・九蔵谷から暑中お見舞い 

2017.08.05 Saturday

 

酷暑お見舞い申し上げます

 

s-IMG_1703.jpg

 

あまり暑いので、明日の案内の偵察をかね、今日(5日)の午前に久蔵谷へ涼みに行ってきました。

 

乗鞍岳から流れ落ちる清流の涼風をお届けします。

 

s-P8050009.jpg

 

s-P8050005.jpg

 

今日(6日)は、岐阜の山岳会の皆さんを案内して遡行。

 

楽しんでもらえたと思います。

 

s-ku1.jpg

 

s-ku2.jpg

 

s-ku3.jpg

 

s-ku4.jpg

 

s-ku5.jpg

 

s-ku6.jpg

 

夏は沢登りに限ります。

comments(0) | trackbacks(0) | - | -

久手御越谷

2016.08.19 Friday

s-久手御越滝2.jpg

 

我が愛する乗鞍岳をよく知ろうと思うと、南西面だけでなく北西面へも入らないと片手落ちだ。

 

しかしこの広範なエリアは、近年旧丹生川村が「五色ヶ原の森」と称して登山道などの整備をし、有料ガイドツアー参加者のみを入れていて一般登山者は入れない。

 

「高額の金を払い、ガイド付きでなければ山へ入ってはいけない」ということに疑問を持っている人は多く、隠居もその一人だ。

 

自然は万人のもののはずだが、行政のやることだから土地の所有権のことを含め、なにか入山を拒める法的根拠があるのだろう。

 

確かに日本には欧州にあるような「自然享受権」といったものはなく、所有権が優先される。

 

それでも余命少ない老人の未知へのあこがれは抑え難く、それなら登山道を使わず谷だけの往復ならいいだろうということで、北西面の久手御越谷へ入ってきた。

 

同行メンバーは山スキー仲間のSさんとTさん。

 

彼らとはこの週に黒部上ノ廊下へ入る予定だったが、天候不順であきらめここへ転進したのだ。

 

谷の末端である国道158号線から入って遡り、以前から気になっていた大滝の上に出て少し歩いたが、河原の石が皆緑の苔に覆われ、まことに美しい谷であった。

 

s-久1.jpg

 

s-久2.jpg

 

s-久3.jpg

 

s-久4.jpg

 

s-久5.jpg

 

s-久6.jpg

 

s-久7.jpg

 

s-久8.jpg

 

s-久9.jpg

 

s-久10.jpg

 

s-久11.jpg

 

s-久12.jpg

 

s-久13.jpg

 

s-久14.jpg

 

s-久15.jpg

 

s-久16.jpg

 

s-久17.jpg

 

s-久18.jpg

 

s-久19.jpg

 

s-久20.jpg

 

s-久21.jpg

 

s-久22.jpg

 

s-久23.jpg

 

s-久24.jpg

 

s-久25.jpg

 

s-久26.jpg

 

s-久26−1.jpg

 

s-久27.jpg

 

s-久28.jpg

 

s-久29.jpg

 久手御越滝

 

s-久30.jpg

 

s-久31.jpg

 さっそく主さんがお出迎え 

   泳ぎのうまいところを披露してくださった

 

s-久32.jpg

 

s-久33.jpg

 

s-久34.jpg

 滝の1段目は右側をまく

 

s-久35.jpg

 

s-久36.jpg

 1段目の上部に出る

 

s-久37.jpg

 2段目は滝の右側をロープを使いクライミング

 

s-久38.jpg

 2段目の上に出る

 

s-久39.jpg

 

s-久40.jpg

 

s-久41.jpg

 

s-久42.jpg

 大滝の上部には美しい滑滝が

 

s-久43.jpg

 

s-久44.jpg

 

s-久45.jpg

 

s-久46.jpg

 

s-久47.jpg

 

s-久48.jpg

 時間切れとなり、尾根を下降

 

s-久49.jpg

 2か所懸垂下降をして滝の基部へ

 この滝から離れた急峻な下降コース、同じルートにかなり古いクサリがありびっくり

 その昔宗教登山で登ったのだろうか

 

s-久50.jpg

 

s-久51.jpg

  

今回は時間がなく源流域まで遡行できなかったので次回はと思っている。

 

公有地の谷への立ち入りについては、この山の南西面、あるいは笠ヶ岳の笠谷や小倉谷、穂高の滝谷などと同じだと単純に考えているが、万一ここの地権者(国有地か市有地)から正鵠を得た、納得できるお咎めがあれば、いさぎよくお縄につくつもりだ。

 

といっても、魚を獲ったり(ここは禁漁区)山菜を採ったわけでないし、ハーケンも打たなかったので、山への実害といえば、たくさんいたイワナを脅かしたこと、美しい苔の上を歩き少し傷つけたくらいだが・・。

 

ブログをご覧になってもし谷へ入られる場合は、道(税金で造ったはずだが)には入らない方がいいと思う。

comments(1) | trackbacks(0) | - | -

九蔵谷

2016.08.15 Monday

s-九1.jpg

 

引き続き乗鞍岳にこだわって。

 

わが母なる山「くらがね」(=旧丹生川村旗鉾あたりでの乗鞍岳の呼び名)は、とても大きくそして広い。

 

われわれは朝な夕なに眺めることができるこの山を知ったつもりでいるが、それはせいぜいスカイライン沿いか畳平周辺のピーク、そして肩の小屋からの剣ヶ峰あたりだけであろう。

 

この山の全容を知ることはなかなか難しいが、それは今なおそれだけ未知の部分を残している魅力的な山ということだ。

 

近年の隠居の山のテーマは、この魅力的な山のことをできるだけ知ること。

 

山麓の旧朝日村在住で、南西面の谷の精通者Fさんのお誘いで九蔵谷へ行ってきた。同行は山スキー仲間のNさん。

 

九蔵谷は秘境千町ヶ原から真西へ流れ落ち、青屋で長倉本谷と合流するまで全長約10kmの美しい滝が多い変化に富んだ谷。

 

最下部に集落が少しあるだけなので、乗鞍がもたらしてくれる清冽な水のなかで遊ぶことができる。

 

この水は山に降った雨と雪が長い年月をかけて透過された水で、浸っていると心身が浄められる気がする。

 

今までこの谷へは何回か入っているが、ほとんど下部から約半分の地点までだったので、今回はそこから上の部分を歩いた。

 

この間にも美しい滝がいくつもあって満足できた。源流部へ到達するには一泊が必要なので途中から戻った。

 

s-九2.jpg

 

s-九3.jpg

 

s-九4.jpg

 

s-九5.jpg

 枝谷を下る

 

s-九6.jpg

 

s-九7.jpg

 

s-九8.jpg

 

s-九9.jpg

 

s-九10.jpg

 

s-九11.jpg

 

s-九12.jpg

 

s-九13.jpg

 

s-九14.jpg

 

s-九15.jpg

 

s-九16.jpg

 

s-九17.jpg

 

s-九18.jpg

 

s-九19.jpg

 

s-九20.jpg

 

s-九21.jpg

 

s-九22.jpg

 

s-九23.jpg

 九蔵谷の主さんに挨拶

 

s-九24.jpg

 

s-九25.jpg

 

s-九26.jpg

 

s-九27.jpg

 

s-九28.jpg

 

s-九29.jpg

 

s-九30.jpg

 

s-九31.jpg

 

s-九32.jpg

 この大滝は左をまく

 

s-九33.jpg

 

s-九34.jpg

 

s-九35.jpg

 昔きこりが渡った丸木橋

 

s-九36.jpg

 

s-九37.jpg

 

s-九37−1.jpg

 

s-九38.jpg

 

s-九41.jpg

 

s-九42.jpg

 

s-九43.jpg

 ここで上にあがり終了

 

s-九44.jpg

 

s-九44−1.jpg

 

s-九45.jpg

 

s-九46.jpg

 

s-九47.jpg

 上青屋の集落

 

s-九48.jpg

 青屋道を拓いた上牧太郎之助翁の立像と石仏安置堂

 

comments(0) | trackbacks(0) | - | -

(C) 2019 ブログ JUGEM Some Rights Reserved.