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乗鞍岳・長倉本谷左俣

2019.09.02 Monday

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 乗鞍に沸き立つ名残の夏雲(8月26日・上野平)

 

前回掲載の「追悼登山」、連日驚くほど多くの方にご覧いただいたため、ロングランになってしまいました。改めてMさんのご冥福をお祈りいたします。

 

報告が遅れましたが、先の日曜日(25日)、足早に去って行った夏を惜しんで、また乗鞍の谷に浸ってきました。

 

同行は50歳代の体力抜群の男性3名。

 

足弱じいさんは、最近若い人の歩行スピードについてゆくのが少々しんどくなってきたが、彼らが気長に遊んでくれるのでありがたい。

 

そしてこの年になっても、ヘルメット、ハーネスをつけての山行は適度な緊張感があり、道がある山歩きより数段楽しい。

 

千町ヶ原と丸黒尾根を源流とする長倉本谷はこれで3回目だが、コケむした岩が多い美しい谷だ。

 

森林管理署のゲート前に駐車し、林道を少し歩いてから入渓。

 

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 かっぱ渕 釣り人が巻き込まれたことも

 

右俣のほうが滝が多くて面白いが、下山路がないので丸黒山の稜線まで忠実に遡行しなければならず、今回は上流で林道に上がれる左俣のほうへ入った。

 

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 ここから先は平凡な谷なので林道へ上がる

 

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谷というのは、増水のたびに滝などが埋まったり現れたりして様相が絶えず変化しているし、前回の記憶が薄れてしまっていることもあって遡行のたびに新鮮で、次にどんな景色が現れるのかハラハラドキドキ感が伴って楽しいものだ。

 

それに両岸には手つかずの自然が残されていて、それが水面に美しく映える清浄な谷を歩くと、身心がすっかり浄化される気がする。

 

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 青屋集落最奥の家屋

 

もう水には冷たさが加わり、沢から上がって林道を歩いていると時々秋のような風が立って、なぜか一抹の寂しさにおそわれた。

 

これで、今シーズンの「年寄りの冷や水山行」は終わりだろう。

 

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乗鞍岳・九蔵本谷

2019.08.09 Friday

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残暑お見舞い申し上げます。

 

あまり暑いので、乗鞍の谷で遊んできました。飛騨の谷の涼風をお届けします。

 

乗鞍岳の奥座敷である広大な千町ヶ原を源とするのが、九蔵本谷。

 

今年も日本山岳会岐阜支部と大垣山岳協会の方8名(年齢構成は506070歳代)と一緒に、本谷約6舛鯀鵡圓靴拭

 

昨年は支流の小俣谷へ入ったので、このグループとの遡行はこれで3回目になる。

 

青屋集落を過ぎて九蔵川沿いの林道に入り、森林管理署ゲート600mくらい手前に駐車。

 

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林道を少し歩いてから、砂防堰堤上の広い河原へ入渓する。

 

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数日前、林道上から偵察した時は雨のあとで水量が多く心配だったが、この日はちょうどいい加減に減水していた。

 

今回も両岸の木々の緑を写した美しい谷の澄み切った水と戯れながら、快適な遡行が楽しめた。

 

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 昔の森林鉄道の橋脚

 

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 いつもは右の水流を登るが、今回は安全策で高巻き

 

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 滑り台で遊ぶ

 

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 谷の主さんに挨拶

 

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 この滝は左から巻く

 

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 ここから上流はゴルジュになるので、時間的にここまでとする

 

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 右の沢から林道へ上がる

 

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 林道途中にある太郎之助道の登山口

  地元青屋の修験者上牧太郎之助は、明治28年から4年がかりで乗鞍山頂まで約20舛瞭擦鯊鵑い拭その後沿道88箇所に石仏を2体づつ担ぎ上げ、完成までに39年かかった。戦後バス道路が開通すると登拝路は急速に廃れ、石仏も道も埋もれていたが、平成13年から旧朝日村が道の復旧、石仏の探索を開始した。高山市になってからも道の手入れが行われているので、年に数人の人が登っているようだ。

 

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 千町尾根にある石仏 どれも一体は弘法大師であとはいろんなほとけさま 

 

参加者のHさんはご自分のブログに「スッキリした癒し系の遡行」だったと書いておられるが、言いえて妙だと思う。

 

霊峰乗鞍から豊かな自然のなかを流れ下った清冽な冷たい水の中で遊ぶと、癒され、心身が浄められる気がする。

 

隠居にとっての乗鞍での沢登りは修験者の滝行と同じで、禊(みそぎ)といえる。

 

夏はなんといっても沢登り(=年寄りの冷や水山行)に限るが、昨日はもう立秋、飛騨の夏も沢登りのシーズンもいたって短い。

 

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 立秋(8月8日)の日の乗鞍岳 九蔵谷は右の斜面 

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大坊本谷

2019.07.10 Wednesday

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今年も沢登りのシーズン=「年寄りの冷や水シーズン」が到来した。

 

沢はじめは、梅雨の晴れ間(7月6日)にFさんのお誘いで大坊本谷へ。

 

乗鞍の沢はまだ水が冷たいので、シーズン初めには装備服装の点検を兼ね、旧久々野町にあって飛騨川の左岸へ注ぐこの谷へ入ることにしている。

 

メンバーは壮年のご夫妻、中年男性2名と隠居の5名。

 

雨のあとで水は多めだったが、少々のクライミングもあり、渕では泳ぎ、結構楽しむことができた。

 

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 林道を少し歩き、砂防堰堤から入渓

 

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 滑落も

 

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 渕で遊ぶ

 

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 帰路は、朝はデポしておいた軽トラで

  

この老体、明日の事はわからないので、山スキーでも沢でもそのコースへ再訪できる確率は限りなく低くなった。

 

このため近年はその山行ごとに、遊ばせてくれる美しい自然、一草一木をしっかり愛で、感謝しながら歩くようになっている。

 

これはもう山仕舞というより、本体の仕舞が近いからであろう。

 

広辞苑には「年寄りの冷や水」のことを、「老人に不似合いな危ないことをするたとえと」とあり、これは我々みたいな老登山者の沢登りが語源かもしれない。

 

<以下余談>

昔から静観派の元祖である田部重冶などが好んだ渓谷と森林の山旅的登山。このうち渓谷を遡ることだけに絞ったのが、今行われている日本独特の登山方式である沢登りだ。

 

山スキー同様シーズンは限られるが、アルパィンの技術と知識が少々必要で、かつ日本的な山旅の要素を含んでいて、道が無いところを歩くのがまことに面白い。そこには手付かずの自然が残っている。

 

隠居の沢登り歴は昭和40年代はじめの笠ヶ岳西面の笠谷にはじまるが、はじめは足袋にワラジを履き、後半はフエルト底の釣用足袋が出てこれを用いたという古い時代であった。

 

その頃は日本中の岩場の開拓がほぼ終わって次のバリエーションルートを沢に求めていた時代で、沢登りは「日本版アルピニズム」などと呼ばれていた。

 

このため岩登りの技術を駆使したシビアなルートが好まれ、初登攀ならぬ初遡行などという言葉も見られたが、一時期ながら今から考えるとまことにおかしな時代であった。

 

田部重治は渓谷遡行の喜びについて、「仰ぐ流れの彼方を包む山々、樹林、谷間のなんと複雑な包容的なものだろうか。もし日本においてまだ人間の足を踏み入れない場所があるとすれば、渓谷においてこそその可能性が最も多いと言わなければならない。」と書いているが、

そのことは今も変わっていないと思う。

 

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 乗鞍の上にはもう夏雲が立っていた(7月10日)

 

なんといっても夏の山は沢登りに限る。

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乗鞍水系・黍生谷

2018.08.22 Wednesday

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 昨年越えた、標高1400mにある滝

 

今年の「年寄りの冷や水山行」3回目は、乗鞍岳南面の黍生(きびう)谷へ。

 

「母なる山」乗鞍岳からは飛騨側だけで12本の谷が落ちていて、恵みの水は日本海と太平洋へ注いでいる。

 

身近にあるこの山のことをもっと知りたいと、今までに五色ヶ原のガイドツアーで規制がある北西面の3つの谷を除いて、10本(2股を含め)の谷を遡った。

 

どの谷にも手つかずの自然が残っていてすばらしい滝がいくもあり、登山本来の未知へのあこがれを満足させてくれ、乗鞍岳の大きさ深さを再認識することができた。

 

乗鞍の谷に精通しておられる地元旧朝日村在住の山スキー仲間Fさんのおかげである。

 

最後に残ったのがこの黍生谷で、昨年8月にFさん、Sさんとで下部から入って見たが、途中で時間切れに。

 

今年再挑戦ということで819日、Fさん、Nさんと入った。

 

昨年同様車1台を下山予定の阿多野集落林道末端に置きに行き、黍生集落から林道を1時間半ほど歩く。

 

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 下山予定地だった阿多野集落 東谷が崩落していた

   高峰は乗鞍・屏風岳と大日岳 

 

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 過疎というより今や限界集落

 

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 背後に御嶽山

 

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入渓地点は昨年上がってきた場所からなので、林道から斜面を下る。

 

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 昨年の目印

 

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今回も残念ながら途中で時間切れとなり、平凡な(大きい滝がない)谷を歩いただけで、美しいナメ滝が連続するという上部へ到達できずに引き返した。

 

この足弱老人が、俊足の若い2人の足を引っ張ったこともある。

 

次回はなんとか稜線(中洞権現)まで到達したいものだ。

 

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 林道へ上がる

 

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 もうススキの穂が

 

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このところ急に涼しくなり、はや谷の水も冷たかったので、今年の「年寄りの冷や水山行」はこれで終わりかも知れない。

 

沢登りのシーズンはほんとうに短い。

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乗鞍水系九蔵川・小俣谷

2018.08.10 Friday

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あまり暑いので、飛騨の谷の涼風をお届けします。(北の山の報告は中断)

 

隠居の今シーズンの「年寄りの冷や水山行」は北海道のカムイ岳が幕開けだったが、2回目は85日に乗鞍水系九蔵川へ。

 

このところ毎年岐阜の山岳会の方々をお連れして飛騨の谷を歩いているが、今年は大垣の山岳会の知友Nさんはじめ4名も参加され、10名となった。

 

乗鞍の谷に精通しておられる地元のFさんにも同行いただいて、総勢12名で大人の水遊びを楽しんできた。

 

九蔵川沿いの森林管理署林道ゲート600mくらい手前に駐車し、林道を2匱緤發と小俣谷の分岐に出る。

 

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 小俣谷沿いの林道を少し歩いて入渓

 

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 この大滝は右を高まき

 

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 この大滝までとし、谷を少し下ってから左岸の林道へあがる

 

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今回の年齢構成は40歳代から506070歳代、そして82歳のS大先輩も参加された。

 

Sさんは、岐阜市の老舗山岳会〇〇登高会のメンバーでもあり、お若い時には穂高の屏風岩や前穂4峰の冬季初登攀をしておられる名クライマー。

 

今なお体力抜群で、先日体力チェックに上高地から奥穂高を日帰り往復されたとのこと。

 

隠居が励みにさせてもらっている方だ。

 

今回も途中のクライミングなどは難なくこなしておられた。

 

今年は長期間雨が降らず水量は少なかったが、それでも霊峰乗鞍からの清冽な水は絶えることなく、我々を楽しませてくれた。

 

夏はなんといっても沢登りに限る。

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『外道クライマー』 2 ゴルジュの登攀

2017.10.18 Wednesday

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 称名廊下 『外道クライマー』から

 

相変わらず雨と野暮用が多く、なかなか山へ行けない。

 

宮城氏は日本の山について、「世界に類がない多様な自然を擁しており、そこから生まれた自然観が自然崇拝やアニミズムといった独自の文化を生み出し、信仰登山につながった」などと述べており、失礼ながらご神体に登った外道らしからぬ良識の持ち合わせに驚いた。

 

そしてその中で生まれたのが日本発祥の沢登りで、合理的でスポーツ的要素の強い西洋アルピニズムとはちがう独自の趣があると近代登山史を踏まえて論じ、さらに沢登りの楽しさを列記している。

 

これらは日頃隠居が考えていることとまったく同じであり、引き付けられてしまった。

 

氏は冒険、探検にも一家言をもっており、「人類にとって初めて行われる挑戦的行為」がほんとうの冒険であり、現在はニセ冒険があまりにも多いと言い切る。

 

そして昔隠居の世代を風靡した本多勝一のパイオニアワーク論まで熟知していて、「エベレストが初登頂されたことで地理的なパイオニアワークは終焉した」と言った本多に対し、エベレストに初登頂できなくての嫉妬だったのではなかろうか、などと言っているあたりがなかなかおもしろい。

 

前置きが長くなったが、我々平均的な沢ヤと違うのはこの先だ。

 

隠居たちは*ゴルジュの中に滝があるとあきらめて高巻きをするが、彼らはアルピニズム的な発想を取り入れ、高度な登攀技術でここの突破をするという新しい冒険スタイルを生み出していることだ。

 

*ゴルジュ=谷の両岸が切り立って水路状になっている地形。フランス語で咽(のど)の意味。廊下ともいう増水時は逃げ場がない。

 

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 乗鞍岳久蔵谷のゴルジュ

 

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 乗鞍岳徳河谷のゴルジュ

 

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 乗鞍岳徳河谷のゴルジュ

 

これをアルピニズムと沢登りの融合、渓谷登攀・ゴルジュ突破などと言って、称名廊下、台湾チャーカンシーなど、超困難なゴルジュ遡行を実践しているが、この登攀記録がすごく、手に汗を握ってしまった。

 

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 台湾・チャーカンシー 『外道クライマー』から

 

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 台湾・チャーカンシー 『外道クライマー』から

 

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 台湾・チャーカンシー 『外道クライマー』から

 

日本最後の地理的空白部と言われていた称名廊下は、称名滝のすぐ上からはじまり、両岸は200mの岩壁、谷の平均幅は数メートルで、2km続く大ゴルジュだ。

 

ここは彼の少し前に大西良治氏が単独で初遡行に成功しているが、そのあと宮城氏も成功。

 

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 称名廊下のゴルジュ 『外道クライマー』から

 

元クライマーのはしくれだった隠居は、どれだけこのゴルジュの写真を見ても登れそうになく、いったい彼らはどうやって登ったのだろうかと不思議でならない。

 

宮城氏は、称名滝、ハンノキ滝に冬季初登攀し、タイのジャングルにある未踏の谷を46日間遡行している。

 

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 称名滝の冬期登攀  『外道クライマー』から

 

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 称名滝の冬期登攀  『外道クライマー』から

 

前出の角幡氏は、今まで一番が冬期登攀、二番が普通の岩登り、三番が沢登り、誰でもできるのがハイキングという登山界のヒエラルキーが存在したが、宮城氏はあえて沢登りを前面に押し出すことでこのヒエラルキーを壊しにかかっているという。

 

確かに隠居は、一番から二番を経へて三番へ移行したが、現代は未踏の壁がなくなってしまい、今あえてゴルジュに挑まなければならない彼らが気の毒だともいえる。

 

最近隠居の周辺の若い人を見ていると、ゲレンデで十分な訓練を受けて技術や知識を得ているのに本番へ踏み込まないナマぬるい人が多い。

 

もうアルピニズムは死語かと思っていたら、こういう若い人がまだ初登攀にこだわり、実践していることに驚き、嬉しく思った。

 

彼が「セクシー登山部」で公開している写真、発言に対しては卑俗だと見る人もいて意見の別れるところだが、角幡氏は彼のことをスーパーアルパインクライマーと呼んで称賛している。

 

それにしても本書の「外道・・」というネーミングが面白い。

 

「外道」というと一般的には仏教以外の教えをいうが、広辞苑をひくと「災難をもたらすもの、悪魔、他人をののしっていう語」などの意味もあり、反骨精神旺盛な宮城氏らしい。

 

久しぶりに、この老体の血を沸かせ、肉を躍らせる岳書に出会った。

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『外道クライマー』 1 那智の滝を登攀した男たち

2017.10.13 Friday

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このところ秋雨前線が停滞して紅葉狩りに出かけられないので、やむやく雨読を。

 

最近の図書館の山岳図書コーナーは、またしても百名山関係のものが増えているくらいで、読んでみたいような新刊がないが、久しぶりにのぞいたらこの本が目に留まった。

 

昨年出た本なのですでに読まれた方も多いと思うが、2012年の7月、那智の滝を登って逮捕されたクライマーのうちのひとりである宮城公博氏(34歳)が書いた本だ。

 

世間を騒がした「那智の滝登攀事件」の一部始終が書いてあるが、その後彼ら3名は勤め先をクビになったり、相当な社会的制裁を受けたという。

 

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 那智の滝 133m

 

登攀そのものは、滝最上部のオーバーハングを抜けることができなく、ちょうどこの時見つかって大騒ぎになり、下降している。

 

あの時の隠居は、日本古来の自然崇拝の対象、ご神体を穢すとはなにごとか、クライマーの風上におけぬ奴らだと怒り心頭であったし、今もそれは変わらない。

 

宮城氏は「目立ってやろうとか、名を売ってやろうなんていう考えは毛頭もなかった」「ただ未登の滝を登りたかっただけ」などと言っているが、この行為はカイラスやマチャプチャレといった登山禁止となっている霊山に、登りたかったという身勝手な理由だけで登ったと一緒のことで、信仰に対する冒涜であったと思う。

 

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 カイラス山

 

一方巻末にある角幡唯介氏の解説を読むと、一般論としてある程度理解できるものであったので、紹介してみたい。

 

ご存知のとおり角幡唯介氏は、チベットのヤル・ツアンポー渓谷探検などの経歴があるノンフィクション作家。

 

氏は彼らが那智の滝を登ることで「冒険的行為と社会との関係の在り方に一石を投じた」「登山行為が本来抱えている原罪を露骨にあぶり出した」などと言っている。

 

そして我々の登山行為そのものを「どんな行儀の良さを装ったところで、登山をはじめとする冒険行為一般は、反社会的であることから免れることはできない」「現在の我々は、登山をスポーツ的行為に変質させて社会的適合者を装っているだけ」「登山の本質は管理社会のモラルとはどうしても齟齬をきたす」と断じているが、これには隠居も異論はない。

 

さらに那智の滝登攀の特徴は、「もちろん法的には犯罪者だが、こうした冒険者、登攀者の根源的欲求をむき出しにし、われわれが普段つけている社会的適合者の仮面など暴露したうえで、我々の行為は社会的のルールにそぐわないのですという本音を露骨に提示して登ってしまったところにある」と言い、

 

「登山的な倫理からいうと、登りたいから登る。誰も登っていないから登る。そこに自由がある」「この道徳律は登山的観点からすると完璧であり、宮城はこうした反社会的性を内在させたむき出しの登山的道徳律を社会に対してぶつけてみたかった」との論を展開。

 

そして最後に「この登攀は、社会的に断罪され、クライミングとしても失敗したが、表現としては成功した」「われわれはこの一件で、自分たちが志向している登山という行為が、犯罪とされた彼らの登攀と実はなにも変わらない地平にあることに気づかされた」などと結んでいる。

 

これには、以前から登山、特に登攀というものは本来自由であるべきだと考えていた隠居も同感し、一般論としては頷いたが、かといってご神体を穢すことは許されない。

 

なにやら難しい話になってしまったが、この本はそのほか称名滝の冬期初登攀、称名廊下の遡行、台湾の大渓谷遡行などのすばらしい記録が掲載されており、久々に一気に読ませたノンフィクションだった。

 

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 称名滝

 

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 称名廊下 宮城公博氏撮影

  

本人は沢登り専門の「沢ヤ」を自任しているが、実は一流のクライマーである。

 

いまどきこんなアグレッシブな若いクライマーがいることに驚いた。

 

彼らがやっている沢登りは、隠居たちがやっている従来の沢登りとまったく違うものであり、次回それを紹介してみたい。 

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乗鞍岳の名瀑総覧

2017.09.21 Thursday

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沢登りは山スキーよりシーズンが短いが、特に今年は7月に北の山へ行っていたので、4回にとどまった。

 

今頃はもう沢の水は冷たいし、かといって紅葉狩りには早いので、登山には中途半端な季節だ。

 

さて飛騨人が朝な夕なに仰ぎ、いくつもの学校の校歌でうたわれるほど親しまれている「母なる山」乗鞍岳。 

 

この山を間近に望む小八賀川流域の人々は、太古から山に昇る太陽=靈(ひ)を「日抱尊」として畏敬し、弥生時代になると農耕の水をもたらしてくれる山としても崇めてきた。

 

現在でもこの山からの水が麓の田畑を潤し、電気を起こし、人々に飲料水などを与えてから日本海と太平洋へ注いでいる。

 

まさに太古から現在に至るまで休むことなく恵みの水をもたらしてくれている「母なる山」といえよう。

 

最近発刊された『山岳』(Martin F.Price著・渡辺悌二 上野健一訳 丸善出版)には、我々が山に関して知っておくべきことを国際的視野でコンパクトにまとめてあるが、すべての淡水の源は山であり、「山は世界の給水塔」、そしてどの国も山麓の人々は山を崇めてきたと書いてある。

 

わが偉大なる給水塔乗鞍岳からは、飛騨側だけで12本の谷が落ちている。

 

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母なる山のことをもっと知るには、山スキーで歩くだけでなくこれらの谷にも入らなければと思い、五色ヶ原のガイドツアーで規制がある北西面の3つの谷を除いて、6年前から今年までに11本(2股を含め)の谷を遡った。

 

どの谷も手つかずの自然が残っていてすばらしい滝がいくつもあり、登山本来の未知へのあこがれを満足させてくれ、乗鞍岳の大きさ、深さを再認識することができた。

 

寒くならないうちに、この11本の各谷の名瀑や情景をご覧いただきたい。

 

益田川最上流の野麦集落に落ちる岳谷から順に掲載してみたが、いちばん印象に残った谷は、途中で1泊した徳河谷だった。

 

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岳谷1

 

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 岳谷2

 

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濁川1

 

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 濁川2

 

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 東谷1

 

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 東谷2

 

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 真谷1

 

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 真谷2

 

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 真谷3

 

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 真谷4

 

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 真谷5

 

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 黍生谷

 

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 徳河谷1

 

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 徳河谷2

 

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 徳河谷3

 

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 徳河谷4

 

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 徳河谷5

 

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 徳河谷6

 

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 徳河谷7

 

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 徳河谷8

 

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 九蔵谷1

 

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 久蔵谷2

 

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 九蔵谷3

 

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 九蔵谷4

 

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 小俣谷1

 

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 小俣谷2

 

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 長倉本谷右俣1

 

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 長倉本谷右俣2

 

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 長倉本谷右俣3

 

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 長倉本谷左俣1

 

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 長倉本谷左俣2

 

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 長倉本谷左俣3

 

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 久手御越谷1

 

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 久手御越谷2

 

隠居はかねてから、登っているのはすべて「谷」なのに、この登山方式を「沢登り」といっているがどういうことだろうか? 大きくて深い渓流が谷で、小さくて浅いのが沢といわれている気もするが・・・という疑問をもっていた。

 

この疑問に答えてくれたのが、ちょうど今年の8月に発刊された日本山岳会の『山岳』に掲載された五十嶋一晃氏の研究論文。

 

「河川の支流を著す沢・谷地名考」と題して、谷と沢の呼び方の違いを各地の呼び方を詳しく調べ、21ページに亘って書いておられる。

 

まだ詳しくは読んでいないが、おおむねの結論は、谷と沢は同じもので、東日本は沢、西日本は谷と呼ぶ、また縄文文化人は沢、弥生文化人は谷と呼び名を付けた、というもののようだ。

 

そういえば乗鞍岳、焼岳周辺の地図を見てみると、飛騨は「谷」が多く、信州側は「沢」が多い。

 

飛騨には縄文人が多くいたはずだが、弥生人に席巻されてしまい、「谷」となったのだろうか。

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乗鞍岳・黍生(きびう)谷

2017.08.31 Thursday

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 乗鞍岳の名残の夏雲

 

前ページの「幌尻岳」、額平川での遭難があったため、連日驚くほど多くの方にご覧いただきました。

 

3人が流された四ノ沢出会いは、上から来ると最後の渡渉地点で、ここを渡れば堰堤まで右岸の登山道だったのに、まことにお気の毒なことでした。ヘリでの収容シーンをテレビで見ましたが、かなりの水量でした。

 

数年前の穂高滝谷でも、増水時に渡ろうとして流されています。下山日が決まっているとどうしても焦って無理をしまうのはわかります。隠居も昔危ない目にあったことがありますが、とにかく水が引くのを待つことですね。

 

こんなことがあって気がひけますが、「北の山」連載を中断してまた沢登りの報告を。

 

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乗鞍岳からは飛騨側だけで12本の谷が落ちており、この水が麓の田畑を潤し、人々に飲料水などを与えてから日本海と太平洋へ注いでいる。

 

まさに恵みの水をもたらしてくれる「母なる山」といえよう。

 

この山のことをもっと知るには、これらの谷のことも知らなければ片手落ちだと思い、五色ヶ原のガイドツアーで規制がある北西面の3つの谷を除いて、今までに10本(2股を含め)の谷を遡った。

 

どの谷も手つかずの自然が残っていてすばらしい滝がいくもあり、登山本来の未知へのあこがれを満足させてくれ、乗鞍岳の大きさ、深さを再認識することができた。

 

乗鞍の谷に精通しておられる地元旧朝日村のFさんのおかげである。

 

最後に残ったのがこの黍生谷で、ここへはFさんも入ったことがなかった。

 

8月末の平日、山スキー仲間のSさんを加えた3人で入って見た。

 

遡行後の下山路を、千町尾根中洞権現からの阿多野道とし、車一台を阿多野集落の林道末端に置いておくことにした。

 

2台で向かったがこれに時間がかかり、入渓が大幅に遅れ、残念ながら途中で時間切れとなってしまった。

 

このため稜線まで行けず、次回の偵察で終わってしまったが、それでも自然豊かな美しい谷を歩け、大滝に出会うことができて満足した。

 

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 先行していた松本からの釣り人、この先は険しく

 ここまでとのことで、幸い摩擦はなかった

 

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 釣果

 

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この谷の麓にある黍生集落は、野麦や阿多野集落同様今や限界集落になっていて、もう秋風が吹き渡っていた。

 

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水も冷たくなってきたので、今年の「年寄りの冷や山行」はこれで終わりかも知れない。

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御嶽山・眞俣谷

2017.08.15 Tuesday

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 胡桃大滝

 

また谷へ涼みにいってきましたので、「北の山」を中断してご報告を。

 

今年の「年寄りの冷や水山行」2回目は、812Fさんのお誘いで眞俣谷へ。

 

メンバーは老人2人と中年2人のいつもの山スキー仲間。

 

この谷は御嶽水系で、継子岳から秋神川へ注ぐ谷。

 

2年前に遡行した与十郎谷の東隣にあり、途中に約50mの胡桃大滝がある。

 

4人ともはじめての谷であった。

 

与十郎谷ほど小滝の連続はないが、見事な大滝やゴルジュがあり、終始緑のコケに覆われた美しい谷であった。

 

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 側壁からの大滝

 

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 右側を高巻く

 

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 白糸の滝と命名

 

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 胡桃大滝

 

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はじめての谷を遡行するのは特に楽しい。

 

次はどんな景色が現れるのだろうかという不安と期待感、滝などの難所が現れるとその攻略法を皆で相談するときの緊張感、これを突破するときのハラハラドキドキ感、これこそ登山の原点であろう。

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