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道後谷

2014.07.17 Thursday
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「年寄りの冷や水山行」第3回は、御嶽水系の道後谷。中電の高根第2ダム湖へ南側から注いでいる谷である。

 

713日(日)、午後から雨の予報にもかかわらず、老若男女8名が参加。

 

昨年は3人で谷最下部から取水堰堤までの約2匐を歩いたが、太古から水で磨かれた芸術作品のような岩が続く美しい谷であった。

 

この時は取水堰堤で上がって、保守用の細くて危ない林道を歩いて戻ったが、今回は堰堤まで軽自動車を乗り入れ、さらに源流までの遡行をFさんが計画。

 

先に源流部(秋神側県道)へ車2台を回しておいてから入った。

 

この上部はメンバーの誰も入ったことがないので、未知の地へ踏み入れる前の不安と期待の入り交じった軽い興奮を覚えた。

 

初めは平凡な河原歩きでこのまま終わるのかと心配になったが、次第に滝が現れ、結構楽しむことができた。

 

上部で雨になり雨具をつけたが、たいした降りにはならなかった。

 

源流部で心配していた藪漕ぎもなく、林道に出ることができ、あとは林道を歩いてゲートまで。

 

入渓7:55   林道11:40  駐車場所12:55

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  中電のクマよけの鐘

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 深山にあった不思議な水と水槽

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前回の報告にも書いたが、この谷の上流部には明治から大正にかけて鉱山(「道後(河)鉱山」のちに「高根鉱山」)があったそうだ。

 

鉛や銀が採掘されていて、日露戦争の前には1,000名も働いており、私設の学校もあって、神岡鉱山についで大きい規模だったとか。

 

鉱山の入り口は旧朝日村秋神側からで、五十三峠を越えて入ったようだ。

 

今回気を付けて歩いていると、途中にその時の建物の跡や坑口跡とおもわれる石垣、木片などが随所にあった。

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 Fさん撮影

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 拾った鉱石?(Fさん撮影)
 

明治期、近代化を急ぐ日本は大量の銅や亜鉛などを必要とし、全国で多くの鉱山が開発されたが、飛騨にもいくつもの鉱山があった。

 

乗鞍山麓沢之上谷の奥には平金鉱山があり、一時は1,000人もの人が働いていて学校まであったという。

 

去年旧朝日村の長倉本谷右俣をつめたとき、丸黒山の南側コルを通ってこの平金鉱山へ通じる道の残骸があった。

 

そして平湯大滝の上標高2,200mあたりにも銅鉱山があり、明治25年ウェストンが乗鞍へ登る途中にこの宿舎に泊まって歓待されているが、彼の手記によると多くの人が働いていたようだ。

 

これらはその後皆廃坑になり、現在では自然に還ってしまっている。

 

富岡製糸のような明治の産業遺産とは言えないが、これらの残骸などを見ると、当時新国家のために懸命に働いていた貧しい庶民のけなげさを思い、ある種の感慨を覚える。

 

司馬遼太郎は、このような明治の人々のことを「町工場のような小さい国家のなかで、(略)そのチームをつよくするというただひとつの目的にむかってすすみ、その目的をうたがうことすら知らなかった。この時代のあかるさは、こういう楽天主義(オプティミズム)からきているのであろう。」と、『坂の上の雲』の「あとがき」に書いている。

 

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Commnets

初めまして、年金族のおっさんです

鉱山探索を退職後にやり始めています

高根鉱山に先週、林道から降りていきました

下流に道後鉱山、上流に高根鉱山がありました。

行ってみて、とんでもない山奥に驚きながらも、沢を徘徊しましたが、下流から沢登りされたことに感服いたしました

bandlover | 2017/11/13 5:09 PM

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