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ウェストンが3度越えた=古安房峠

2018.07.06 Friday

s-安房峠.jpg

 安房山と古安房峠(矢印の箇所)

 

明日、今シーズン初めての年寄りの冷や水山行=沢登りに行く予定だったが、この大雨で当然中止に。

 

もう一つの面白くてたまらない山行=地図を読み、ヤブを漕いでの峠探しは続く。

 

信濃と飛騨の国境である飛騨山脈を越える安房峠は、大峠、信濃峠とも呼ばれ、その昔鎌倉街道であった。

 

勘違いをしている人が多いが、この古い峠道は今の国道158号線の安房峠(1790m)でなく、安房山(22194m)の南肩(2050m)を通っていた。

 

鎌倉幕府は蒙古襲来の事もあり、北陸方面の防備を固めるため、松本からここを通って富山へ抜ける街道を整備したという。

 

アルプス越えの峠を、戦国時代には武田信玄の軍が飛騨へ攻め入る時に往復するなど多くの人が通ったが、その険しさと、冬期雪で通れない期間が長いため、寛政2年江戸幕府はこの公道を乗鞍の南の野麦峠へ移し、平湯にあった口留め番所を廃止した。

 

それでも松本、高山間は野麦ルートより5里近いため引き続き利用され、明治初期にはウェストンも通った。

 

この峠が役目を終えるのは、大正6年に信州側から今の安房峠まで自動車道が付けられてからだ。

 

以前から一度この歴史の峠に立ってみたいと思っていたが、この梅雨の晴れ間にようやく念願を果たすことができた。

 

峠の位置は分かっていたが、国道で分断された取りつき点が不明なので、先日の栂峠同様自動車道の安房峠からひとまず安房山に登り、頂上から峠へ下ることにした。

 

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 乗鞍四ッ岳、猫岳、大崩山

 

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 四ッ岳

 

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 新安房峠

 

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峠から安房山の間は道が残っていたが一面笹が覆い、終始ひどいヤブ漕ぎを強いられ、時々道を見失うこともあった。

 

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 ウェストンあこがれの山 笠ヶ岳

 

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 焼岳北面 昔鎌倉街道の脇道が通っていた

 

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 十石山 金山岩の稜線

 

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 ウェストンが見て感激した穂高岳沢

 

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実は若い時乗鞍から硫黄岳、十石山を経て安房山を通り、自動車道の安房峠に出て平湯まで歩いたことがあるのだが、その時は歩き易かった記憶がある。だがその頃は峠に関心がなかった。

 

笹を分けて立った安房山の山頂直下には、アンテナと建物が建っていた。

 

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 焼岳北面 

 

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頂上からはまったく道が消えていたので、GPSで方向を定めながら、笹の中を泳いで下った。

 

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 霊峰白山を遥拝

 

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峠と思われる地形に到達したが、さらに小さいピークを越えた前方にも似たような平地があるので確認しに向かう。

 

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 ニセ峠

 

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この平場の下はガレ場がある急峻な谷になっていのるで、街道がこんな危険なルートを採るはずがないとの判断で最初の場所に戻る。

 

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 古安房峠

 

一面の笹原だがやはり峠らしい地形であり、少し飛騨側に下ると笹の中に道が現れたので間違いないことがわかった。

 

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 峠からは木の間越しにアカンダナ山、白谷山が

 

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人が通らなくなってから100年の歳月が流れているが、往時を偲びしばし感慨に浸った。

 

ウェストンは、明治25年高山から平湯へ入って乗鞍に登頂。そのあと笠ヶ岳へ登ろうと蒲田へ行ったが案内を断られ、この峠を越えて松本へ抜けている。

 

ウェストンが歩いた時はすでに荒れかけていて、時々地滑り箇所に大きい樅の倒木があったが、平湯から橋場の間は中部日本で一番眺めがよいと書き、森林のすばらしさも讃えている。

 

そのとき峠には国境を示す標柱があり、信州側へ少し下ると、美しいぼかし絵のような雪を残した穂高が姿を現した。

 

2度目は翌年針ノ木から立山に登り、念願の笠ヶ岳へ登るため富山から船津を経て蒲田へ入ったが、また体よく断られて失意のうちに安房峠を越えている。

 

ウェストンの笠ヶ岳登頂への思いは止まず、明治27年、今度は逆に松本からまたこの峠を越え蒲田へ下っている。

 

日本の山をこよなく愛し、純朴な田舎の人を常に温かい眼差しで見てくれたウェストンのことを考えながら、平湯側へ下って見る。

 

原生林はかなり急峻な斜面で、先ほどの道の続きを探すが、笹の中に消えてわからなくなった。

 

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この鬱蒼とした原生林は、蛭こそ落ちてこないが、泉鏡花の怪奇小説『高野聖』に出てくる天生峠(実際はこの安房峠といわれる)の描写そのものだった。

 

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かなりの急斜面の笹原を転がるように下り、国道に出る。

 

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安房平側をのぞいたがそれらしき地形が見当たらず、国道を歩いて新安房峠へ戻った。

 

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 安房平

 

古道は安房平の縁を通っているはずなので、次回探索したい。

 

安房トンネルが開通してからこの国道を通る車はほとんどなく、道の盛衰は現代も変わらない。

 

謹言:この老生、今年も北への想い断ちがたく、来週からしばらくの間北の大地を彷徨います。したがってこの拙いブログ、現地からアイフォンによる簡単な記事付き写真しか掲載できませんのでご容赦ください。引き続きのご愛読を頓首再拝。

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何時も飛騨の山々の記事を拝読していますこれからも気を付けて山行に勤しんでください。

nakashima shinichi | 2018/09/12 8:22 PM

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