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<< 『飛騨の山小屋』が面白かった | main | 加藤文太郎と飛騨の関わり >>

乗鞍での不思議な話 その5 行者が雪山岳の石で目を治した話

2018.12.06 Thursday

s-P8080035.jpg

 権現池をとりまく左から屏風岩 薬師岳 雪山岳

 

先回、すぐれた修験者(山伏)は病気を治したり、旱天に雨を降らせたり、いろんな修法を心得ているという話をした。これは真言密教の修法だという。

 

これも乗鞍にいた不思議な力をもった修験者の話。

 

以前民俗学者で飛騨山岳会員でもあった代情通蔵(山彦)が書き残した話を紹介したが、この話も昭和23年地元の雑誌『新飛騨』に載っているもの。

 

ある年の秋遅く、乗鞍南山麓の石仏という集落(現在の黍生か阿多野集落だろうか)へ、乗鞍から行者が下りてきて、集落の病人を加持祈祷で治して歩いた。

 

s-阿多野集落.jpg

 阿多野集落と乗鞍岳

 

なかに眼病(そこひ)を患い、失明寸前の宗兵衛という老人がいた。

 

老人が診てもらった結果、行者は「乗鞍岳絶頂の雪山岳に氷石がある。これは幾千年もの雪の精が岩に閉じ込められてできたもので、それを打ち割ってその水で洗眼し、岳のお鳥(雷鳥)の白羽の付いた足の爪で目をつつけば見えるようになる」と言った。

 

宗兵衛は藁にも縋る気持ちで雪山岳行き頼み込んだため、行者はやむなく宗兵衛の手を引いて乗鞍へ登った。それは困難な登山であった。

 

そして雪山岳の氷石の水で目を洗ってやり、雷鳥を捕まえてその爪で目を掻いた。

 

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 雪山岳 2891m

 

激痛が走り血が出たが、時間が経つと光が少し見えるようになった。

 

s-09.8.24雷鳥3.jpg

 

その日は下山途中で日が暮れてしまい、やむなく岩穴に泊まった。

 

そのうちだんだん物が見えるようになってきたので喜んだ宗兵衛は、行者に庵を建ててやる約束をした。

 

翌日下山するにしたがってさらに鮮明に見えるようになった宗兵衛は、もともと強欲な男だったので庵を建てる金が惜しくなり、石畳ヶ原で行者を撲殺してしまった。

 

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 石畳ヶ原

 

なんとこの時刻、里へ一羽の白い雷鳥が飛んできたと思うと宗兵衛の家が火炎に包まれ、焼け落ちてしまった。

 

家に帰った宗兵衛はこれを見て気が狂い、焼け跡へ飛び込んで焼死してしまったのである。

 

村人は行者の魂が雷鳥に姿を変えて復讐をしたのだと噂をし、病気を治してもらった者が石畳ヶ原に自然石で慰霊碑を建てた。

 

それは今も千町尾根に残っている。

 

s-のり28.jpg

 

なお当時雷鳥は「岳のお鳥」と呼ばれ、蚕の掃きたて(微細な蚕の幼虫を移す時つかう)や茶道の茶室の羽箒として、他の鳥のものより霊山の鳥ということでたいへん重宝された。

 

s-07.8.8 雷鳥の母子.jpg

 

かつて白山山頂で参拝者に高額で売っていたというが、白山に雷鳥が絶えたはずだ。

 

明治25年にウェストンが乗鞍岳へ登ったときにも、下山時に案内者が雷鳥狩りをした記述が出てくる。

 

s-100_1926.jpg

 

現代科学では説明できない修法を使えた行者は、つい最近まで高山の町にも住んでいた。

 

隠居の親の世代が、医者でわからない病気の原因を診てもらったリ、治してもらったリするのを見たり聞いたりしたことがある。

 

そういう人がいなくなり、山から魑魅魍魎などが消えてしまった今の世は、なにか味気ない。

 

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